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バイロイト音楽祭やザルツブルク音楽祭など、主に海外の音楽祭の鑑賞記や旅行記、国内外のオペラやクラシック演奏会の鑑賞記やCD、映像の感想など。ワーグナーやR・シュトラウス、ブルックナー、マーラー、ベートーヴェン、モーツァルトなどドイツ音楽をメインに、オペラやオペレッタ、シュランメルン、Jazzやロック、映画、古代史・近現代史などの読書記録、TVドキュメンタリーの感想など。興味があれば、お気軽に過去記事へのコメントも是非お寄せ下さい。


(上の写真は2014年5月筆者撮影のもの)

(注)2022年5月23日投稿の元記事に加筆・編集しました

2021年の昨シーズンに初披露されたドイチュ・オーパー・ベルリン(以下DOBと略)最新のワーグナー「ニーベルンクの指環」(以下「リング」または「指環」)チクルス(サー・ドナルド・ランニクルズ指揮、ステファン・ヘアハイム演出)の最新の公演の模様が、有難いことにネット上で無料で鑑賞が可能との情報を知り、さっそくこれを視聴した。DOBの情報サイトは→こちら、ARD Mediathek による映像公開サイトは→こちら。同サイトにて、7月14日までの閲覧可能とのこと。

本来なら、このチクルスは2020年にプレミエ上演の予定だったのが、コロナ禍の影響をまともに受けて、それが不可能になってしまったのは記憶に新しい。まさか、「ラインの黄金」の短縮版が、DOBの駐車場で上演されるなんていう、にわかには信じがたい情報がショッキングだった。DOBによる久方の「指環」の新制作上演で、奇抜さとエンタテイメント性で人気の高いステファン・ヘアハイムによる演出とのことでもとより期待が高かっただけに、プレミエ上演がどうなるのか、一時はやきもきさせられた。それがコロナのおかげで逆にその模様が無料でネット公開されることになるとは、禍転じて幸となった感がある。もちろん、現地で体験できるに越したことはないが。DOBをはじめ、コロナの影響をまともに被ってしまったオペラハウスの多大な苦労がしのばれるが、映像からはDOBとこの演出家らしい、非常に手のこんだ見応えのある本格的な舞台の様子が伝わってきた。本場ベルリンのこの歌劇場による上質な演奏も折り紙付きで、安心して聴いていられる。コロナ禍後の初の「指環」新制作プレミエ上演の映像として、記憶に残るものとなった。

バイロイト祝祭音楽祭でも本来なら2020年にピエタリ・インキネン指揮、ヴァレンティン・シュヴァルツ演出で「指環」の新制作上演の予定だったが、これもコロナの影響で完全に流れてしまい、その予定のみが音楽祭のデータベースにむなしく残されているばかりだったが、(歌手は大きく変更されたが)ようやく今夏に陽の目を見ることになった。「指環」ファンにはうれしい2022年となりそうだが、バイロイトの模様も映像で鑑賞することができるだろうか。世界の各地で「指環」新制作上演は行われていても、やはりバイロイトやベルリン、ミュンヘン、ウィーンなどへの期待値が別格なのは事実である。

過去DOBの「指環」と言えば、ゲッツ・フリードリッヒ演出の「トンネル・リング」が日本では有名だったが、今回のヘアハイム演出のものは「Luggage Ring」とでも、あるいはドイツ語なら「Gepäck Ring」または「Reisetasche Ring」、日本語なら単純に「カバン・リング」とでも呼べばよいだろうか。(以下、第一印象をまったくランダムに、ネタバレあり)

①旅行鞄とグランドピアノ

日本語では旅行鞄というと「トランク」という単語がなじみ深いが、日本以外では「trunk」のイメージは「長持(箪笥)」に近い大きな衣装箱のことなので、ちょっと違う。「ラインの黄金」から「神々の黄昏」まで、4作を通してこの古びた革の旅行鞄をうまく背景の装置にしたものと、舞台中央に置かれた一台のグランドピアノをメインの舞台装置にしている。旅行鞄が背景の舞台装置?、というとイメージが湧かないが、たしかに「ラインの黄金」の開始冒頭の部分では、多数の(第二次大戦中の)難民風の出で立ちの男女が手に手にくたびれた旅行鞄を抱えて登場して来るので、それらの鞄はあくまでも小道具であってセットではないが、中盤のニーベルハイムの場面以降は、舞台の後方にうず高く積まれた旅行鞄に見える造作物のセットとして活用され、登場人物がこのうえに載ったり降りたりして歌い、演技をする。「神々の黄昏」では、これを上下二段の大きな階段状のセットとして使い、上方の鞄の階段部分を中央のヴォータンはじめ神々しい出で立ちの神話に出てくるような「神々」が座し、美しい視覚効果をうまく演出している(第二幕第四場)。その下のギービヒ家の広間では人間の群衆劇が騒々しく展開する。本来「リング」のト書きでは「ラインの黄金」でのニーベルハイムでアルベリヒに搾取されている手下たちと、「神々の黄昏」のなかのこのギービヒ家のハーゲンの手下ども以外に群衆の場面はないが、このヘアハイムの「リング」では、4作を通してずっと現世の「人間」の群衆劇がうまく描写され、活用されている。

②ニーベルハイムでの金製品の供出シーンの意味

ニーベルハイムへの降下のシーンでは、下着姿になった難民たちが金製品を手に手に、アルベリヒの溶鉱炉を表すグランドピアノのなかに投げ込んで行く。アルベリヒはナチスドイツ風の軍服とヘルメットを身に着けて手下たちとともに行進し、ナチス式敬礼までし、彼ら難民たちに鞭を振るい、虐待する(日本ではさほど気にならないかもしれないが、ドイツでは今でも一般的にナチス式敬礼への拒否感は強い)。この場面でアルベリヒに痛めつけられ搾取されるニーベルンク族の者たちは、正体不明の侏儒族ではなく人間、それも第二次大戦時の強制収容所で迫害を受けたユダヤ人難民として描かれている。くたびれたコートと旅行鞄を手にした怯え疲れた表情の男女らの姿だ。日本人にはピンと来ないかも知れないが、これもドイツの近現代史を多少とも知るものにはナチズムによるユダヤ人迫害を描写したものであることはすぐにわかる。鞄ひとつのみ携行を許されてアウシュヴィッツの引き込み線のホームで列車から降ろされ、その場で「選別」された難民たち。そこの仕分け場で所有主を失った鞄の中身、特に最後まで大事にに取っておいた貴金属や貨幣などの有価物は組織的に簒奪された。それらのもとの所有主の多くがガス室で殺され、あるいは劣悪な衛生状態や栄養不良下の強制労働で命を奪われ、病気や衰弱で命を落とした。後には、彼らの鞄が山のように残された。その象徴としての鞄の舞台装置である。「序夜」の開始冒頭部分と、第三場のニーベルハイムの場面でこれらの難民たちが怯え、疲れた表情で恐る恐る舞台に登場してくるのは、それを表現している。それがすべてというわけではないが、「try to think like this」という問題だ。いつまでそれやってんだよ、と呑気で歴史に無頓着な日本人は考えがちだが、そこはまだまだドイツの表現芸術では終わったものにはなっていない。戦後数十年にわたって様々な映画や舞台や文学、ジャーナリズムにより幾たびも幾たびも描写され、散々描かれ続けてきたテーマであるが、それは決して描き尽くされるということはない、忘れてはならない重い命題だ。でなければ、バイロイトでもつい最近の「マイスタージンガー」でバリー・コスキーがあんなウケ方はしない。

じゃあ、なんであんなにすぐに下着姿になったり、やたらと下着姿の場面が多いのか?という疑問については、うえに挙げたナチに身ぐるみ剝がされたユダヤ人のことも一部あるけれども、他の大部分は単にヘアハイムがエロいのが好きなだけだろう、とシンプルに考えても、この演出家の場合は差し支えなさそうにも思える(笑)。

③オリジナルの「楽譜」の劇中での活用

ニーベルハイムの場面でクスッと笑わせるのは、ローゲの策略でアルベリヒを痛い目に合わせたヴォータンが(実は痛撃の一撃はミーメがお見舞いし、アルベリヒは悶絶するのだが)、気が急いた様子でト書きよりも早いタイミングでアルベリヒの指から指環を奪い取ろうとして、傍らにいるローゲから「ラインの黄金」の楽譜を「これ、これ!」と指し示されてたしなめられる。たしかにそこで指環を奪ってしまっては、その後のト書きとの整合性がなくなる。だから「ちゃんと楽譜通りの箇所でやってよ!」と言うわけだ(笑)。そのあとローゲはヴォータンからいったん指環を取り戻してアルベリヒの指に返して、ト書き指定通りの箇所であらためてヴォータンがその指ごと切り落として指環を奪う。ト書きからは大いに逸脱するのが身上のヘアハイム自身を揶揄しているとも言える。トーマス・ブロンデーレ演じるローゲは上下黒いトレーナーに真っ赤な手袋と靴下を身に着け、メフィストフェーレといったメイクと出で立ちで、なかなか印象的な歌唱を聴かせる。

④プロンプターボックスの底のエルダの居場所

エルダが「地の底」から出て来る場面は、舞台前方のプロンプターボックスの上蓋がやおら横にずらされたかと思うと、そのピットからいかにもプロンプターらしき地味な出で立ちの女性が這い出てくる。楽譜を知り尽くしたプロンプターが智の女神エルダとは、なかなか気が利いているではないか。ちなみに「ワルキューレ」の第二幕冒頭では、演奏が始まる前の1,2分の間に、ヴォータンが下着姿でそのプロンプターボックスの上蓋をずらしてピットから登場する。「ワルキューレ」の曲中ではエルダは登場しないが、これによりヴォータンがエルダの寝所で浮気をしていることが、わかる人にはわかる仕掛けになっている。これもヘアハイム特有の、軽いお遊びだ(笑)。こういうところが、嫌いな人には嫌いな所以なんであろう。

⑤S.キューブリックへのオマージュ?

「ラインの黄金」の最後の場面では、盛り上がる音楽と並行して、舞台上の大きなカーテンの幕が子宮状に描かれ、そこに双子の胎児が「2001年宇宙の旅」の最後の場面を模して描かれ、「ワルキューレ」でのジークムントとジークリンデの登場を予感させる。アイデアはよいが、それがどうした?って言われたら返す言葉がないだろう。まあ、音楽に合ってはいるし、スタンリー・キューブリックへのオマージュとしては、ありな演出か。

⑥「ワルキューレ」一幕の男は?

「ワルキューレ」第一幕では、冒頭からト書きにはない黙役の男がナイフを持って登場し、他の登場人物の間を行ったり来たりする。ナイフを持ったケルビーノみたいであまり意味はよくわからないが、どうもジークムントやジークリンデらの登場人物の内面の痛みや苦悩を擬人化したものではないだろうか、と自分は推測する。第二幕第一場では、くすんだ配色のくたびれた衣装の群衆が効果的なコントラストとなって、白い上質そうな服装に身を包んだヴォータンやフリッカなどの神々が対比的に描かれているのが印象的。

⑦「ワルキューレ」エンディングの感動を台無しにした過剰なお遊びには閉口

ニナ・シュテンメのブリュンヒルデとイアン・パターソンのヴォータンの歌唱は文句なしに素晴らしいのだが、その素晴らしいヴォータンの歌唱で感動的に終わる「ワルキューレ」第三幕最後の場面では、よせばいいのにヘアハイムが案の定、質の悪いいたずらを仕掛けていて、ここでは残念ながら素晴らしい音楽がぶち壊しになっている。すなわち、音楽の終わりに合わせてなぜかピアノの下にジークリンデらしき女役が現れて苦悶しているかと思うと、やおらその股ぐらを覆った布のなかから、産まれたばかりの赤子(ジークフリート)を取り出したミーメが出て来たかと思うと、その子を母親から奪い取ってあやすところで幕、となる。出産というのが高貴なことであることは否定はしないけれども、残念ながら音楽とはまったく合っていないし、あまりに強引な力技である。よくこれでブーイングが出なかったものだ。そう言えば、同じヘアハイム演出のバイロイトの「パルジファル」でも、意表をつくような出産の場面があったが。

⑧「小鳥」はボーイソプラノ、天使になってジークフリートを見守る父母

「ジークフリート」の「小鳥」は女声ではなくボーイソプラノによる歌唱で、実際にこの児童が舞台に登場してソロで歌い、演技をする。そして、亡くなった父ジークムントと母ジークリンデが羽をつけた天使となって、息子のジークフリートを見守り導くという演出が面白い。ここでも舞台上の鞄の山が巨大な大蛇の顔の鱗としてうまく表現されている。

⑨手がこんだメイクと衣装のミーメが本性を現すと…

ミーメは Ya-Chung Huang という台湾出身の歌手でこれがまた実にうまいミーメを歌い演じている。メイクや衣装も実によく出来ていて感心するのだが、ジークフリートを騙そうとするコミカルな歌唱の部分で、帽子や衣装はもちろん、鬘や付け髭、付け鼻、付け眉毛なども歌に合わせて段々とはがし取って行ったかと思うと、それまではハンス・ザックスのような風貌と出で立ちだったのが、最後に気がつくと東洋人そのままの下着姿の小男になったかと思うと、哀れ、正体を現したファフナーとともに、ジークフリートにノートゥングで刺し殺される。ちなみに、先にファフナーを倒したジークフリートのノートゥングの一撃目は急所をわずかに逸れていてト書き通りの箇所でファフナーは死んでおらず、続くミーメとアルベリヒの騒々しい兄弟喧嘩の場面で息を吹き返す。ここでは小鳥役のボーイソプラノの少年もターンヘルムのマスクを被って彼らのファース的な演技に一役買い、ミーメの本音をジークフリートに懸命に伝える役目も担っている。そして最後にミーメがノートゥングで一突きされると同時に、ファフナーもとどめを刺されるということになる。

⑩クラウドになったノルンのザイル、実はDOBのホワイエのオブジェ

「神々の黄昏」冒頭のノルンの場面では、目に見える「綱=Seil」は出て来ない。もはやワイヤレスであり、クラウドである。それを表すように、中央に「雲」らしき大きなオブジェが配置される。実はこのオブジェ、どこかで見覚えがあるぞと思っていたら、ここDOBのホワイエに飾られているオブジェである。ぼんぼりのような丸い大きな照明器具や丸テーブルなどのインテリア、その雰囲気からもこのオペラハウスのホワイエであることがわかる。この後、第三幕のジークフリートとハーゲンとその手下の者どもが狩りに出て小休止し、ハーゲンがジークフリートを殺す場面も、このホワイエのセットである。

⑪客席も巻き込んだ面白い演出

あと面白い演出なのは、一幕第二場最後(ギービヒの館でジークフリートとグンターがブリュンヒルデの岩山に向かった後、ハーゲンが一人館に居残って不吉なモノローグを歌い、闇に溶け込むところ)の場面では、モノローグを歌い終えたハーゲンが舞台を降りて客席の一列目を上手側から中央まで歩き進んで行ったかと思うと、最前列の中央に座っていた鮮やかな緑色のドレスを着た女性が驚いたように立ち上がり、しばしハーゲンと見つめ合う。そして今度はその女性がそっと下手側の舞台袖の闇へと消えて行く。続く第三場のブリュンヒルデの岩山でのワルトラウテ登場の場面でこの女性が舞台袖から姿を現し、なるほど、客じゃなくてワルトラウテだったのね、とわかる仕掛けになっている。あんまり深い意味はなさそうだけど、演出としては気は利いているんではないか。演者が客席へと降りる演出はよくある手だが、まさかハーゲンのモノローグの終わりとワルトラウテの登場をこんな風につなぐというのは、ヘエアハイムならではだ。

⑫ブリュンヒルデの岩山ではグンターも歌う?

同、第一幕第三場、扮装したジークフリートがブリュンヒルデの岩山を訪れる場面では、マスクで変装した男は二人で、一人がジークフリート、もう一人がグンターであり、二人同時に同じ燕尾服の出で立ちで登場する。そこまでなら演出だけの話しだが、どうも声の質や口元の動きから見ると、ここでの本来ジークフリートのみによる歌唱を、一部グンターに歌わせているように聞こえる。これはさすがに演出家の一線を越えていると思うが、音楽監督のサー・ドナルド・ランニクルズは了承しているのだろうか?

⑬下着姿に戻る「神々」のエキストラ、最後の宇宙船らしき発光体は空回り?

同、第三幕第五場、すなわち「神々の黄昏」の最後の場面ではブリュンヒルデは悲し気にピアノに向かい座るヴォータン役の役者を静かに誘うと、彼は他の神々の役者(エキストラ)を率いて舞台中央のピアノの奥側に移動する。かと思うと、彼ら神々の扮装をした役者たちはそれぞれ、おもむろにその衣装を脱ぎはじめたかと思うと、大きなマントを風呂敷代わりにして畳んで片付けていく。そして最後にピアノの炎のなかに投げ入れて行く。なにか意味を持たせたいのだろうけれども、まったく音楽にマッチしているとは言い難い。最後は、「未知との遭遇」よろしく、巨大な宇宙船を思わせるような「ぼんぼり」状のいくつものLED照明が上から降りてきて、また上に上がって行く。その後、もとのがらんどうとなった舞台には、ひとつグランドピアノだけが残され、清掃員がひとりモップで床を掃いている場面で幕、となる。「さあ、これでショーは終わりましたよ。おしまい。」と言う手のエンディングはよくあるし、うまくやればそれはそれで感動にもつながるのだが、ちょっと今回のラストは空回りしているように思えた。色々見どころのある演出の最後にしては、やや物足りないし、肝心な音楽の感動を削いでしまった。あと、どの場面かは忘れたが、何故か上半身を炎で包んだ男が舞台下手から上手へ歩いて行くという場面があったが、あれは何だった?いずれにしても、最新の「リング」の舞台映像としては本格的であり、面白く、見応えがあった。

⑭歌手とオケの演奏はさすがDOBのハイレベル

「ラインの黄金」のヴォータンは、バイロイトの「パルジファル」でクリングゾルを歌った デレク・ヴェルトンが、「ワルキューレ」と「ジークフリート」のヴォータンは、やはりバイロイトの「トリスタンとイゾルデ」でクルヴェナールを聴かせてくれたイアン・パターソンが、それぞれ美声で聴きごたえのあるヴォータンを聴かせてくれた。とくに「ワルキューレ」でのイアン・パターソンのヴォータンの、深くしみじみとした歌唱は大変印象に残った。もちろん、ブリュンヒルデのニナ・シュテンメも然りで言うことなし、である。ジークフリートを歌ったクレイ・ヒリーを聴くのは初めてだ。見た目は今は亡きヨハン・ボータを彷彿とさせる恰幅の良さに、張りと勢い、伸びのある声量豊かなアメリカ人テノールである。同じアメリカ人ヘルデン・テノールで一極集中気味のステファン・グールドの次の世代として、アメリカのワーグナー協会が推している期待の星のようだ。アルベルト・ペーゼンドルファーのハーゲンも鬼気迫る歌唱と演技で申し分なし。グンター役のトーマス・レーマンはやはりアメリカ人のバリトンで、やわらかでノーブルな歌唱で魅了してくれた。その他、ローゲのトーマス・ブロンデーレ、アルベリヒのマルクス・ブリュックとジョルダン・シャナハン、フリッカのアンニカ・シュリヒト、エルダのユディット・クターシ、ワルトラウテのオッカ・フォン・デア・ダムラウ、ファフナー:トビアス・ケーラー、ファゾルト:アンドリュー・ハリス、ジークムント:ブランドン・ヨヴァノヴィッチ、ジークリンデ:エリザベス・テイゲ、フンディング:トビアス・ケーラーなどの諸役はじめ、ラインの乙女たち、ノルンの女神たちも含めてどの歌手も実力派揃いで言うことなく、非常にクオリティの高い充実の歌唱が堪能できたのは、さすがにDOBの本領発揮という印象であった。

サー・ドナルド・ランニクルズ指揮DOB管弦楽団の演奏も、さすがに得意のワーグナーの本領発揮で、パワー感に溢れて素晴らしい。コロナで練習に影響もあっただろうが、そうしたネガティブな事情は感じさせない上質の演奏だった。ミステリアスな微細な部分も決しておろそかにならず、こういうクオリティの高い演奏をずっと聴いていたい気持ちにさせられる。久しぶりに聴く「指環」全曲を、見応えのある演出とともに、存分に楽しむことができた。やはり今年新制作のバイロイトの新制作の「リング」と、どちらに軍配があがるだろうか?ワーグナーファンにとっては、実に贅沢なレースである。
パリのシャンゼリゼ通りにある有名なキャバレー「リド」(LIDO)が、長年の営業に終止符を打つことを、AFPが伝えている。これもまたコロナによる営業不振の影響か。



パリのキャバレーと言えば、19世紀末から続く「ムーランルージュ」がフレンチ・カンカンで有名だが、「リド」は第二次大戦後に営業を開始し、戦後パリのナイトライフを華やかに彩ってきた。東京で言うと浅草や吉原のイメージに近いモンマルトル地区にあって大きな風車の建物で有名な「ムーランルージュ」が古風で伝統的なショーであるのに比べ、シャンゼリゼ通りの一等地のビル内にある「リド」のショーは現代的でよりゴージャス感のある、華やかなものだった。

「リド」「ムーランルージュ」とも、どちらも90年代から00年代にかけて二度づつ訪れ、華やかなエンタテイメントを楽しんだ思い出がある。自分は関西在住ながら、宝塚歌劇団の大階段をわざわざ観に行きたいとまでは思わないが、「リド」の大階段のステージでの羽飾りの美しいダンサーたちのレヴューの華やかさは一見の価値が大いにあると感じた。一度目の訪問で味を占めて、何年か後に再度訪れたが、一から十まで全くショーの内容が変わっておらず、二度も同じ内容のショーを観た後では、さすがに三回目はもういいな、と言う感じだった。「リド」のレヴューと言うと、裸体の女性のイメージばかりが取り上げられがちだと思うが、純白のタキシードの男性の甘い歌声によるフランス語の歌唱もエスプリ感があり、パリらしい華やかさがあった。突然007のテーマ曲風になったかと思うと、客席の上方からヘリコプターを模した出し物が現れるなんていう派手な演出も、二回とも同じだった。

ベルリンを何度か訪れた時にも、ベルリンのカバレットには行きたかったが、ベルリンにいる時には毎夜オペラかコンサートの予定が入っていたので、いまのところ行けていない。逆に、パリではオペラは一回行ったのみで、その時はシャルル・ガルニエ・オペラでモーツァルトの「皇帝ティトの慈悲」だった。




先月のびわ湖ホールでの「パルジファル」を観て(聴いて)からひと月になる。ブログもその時の記録をアップして以来になるが、その間、同曲の様々な映像作品やCD作品をあれこれと聴いている間に、あっと言う間にひと月が経ってしまった。〈舞台神聖祝祭劇〉とも題されているように、キリストの受難劇に基づくこの曲は、とにかく深遠であり、長大である。第一幕が約1時間35分、第2幕約65分、第3幕約70分(下記ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団2004年演奏の場合)で、演奏によってははるかに長時間になる場合もある。手元にあるクナッパーツブッシュのバイロイト1952年のCDの場合、第一幕だけで1時間53分を越え、一幕後半の聖儀式の部分などクナはムキになってテンポを遅くしているとしか思えないような演奏もある。夏の暑い時期に、決して掛け心地が良いとは言えないバイロイト祝祭大劇場の座席に2時間近くじっと座っていられる忍耐力と体力が、ワグネリアンには求められる。この長大な楽曲演奏の録音や映像作品の数々に向かい合っていると、それだけで他のことが手につかなくなってくる。最近手にした何冊かの書籍も、いまだ手付かずで先に進まない。

第二幕の終焉部でクンドリーの求愛を拒絶したうえにアムフォルタス(≒救済者、イエス・キリスト)への道を問うたパルジファルに対し、クンドリーは彼に迷妄の道を彷徨う呪いをかける。第三幕の冒頭は、パルジファルが長く迷妄の道を彷徨い続けた末に、グルネマンツの介抱で同じく長い眠りからようやく目覚めたクンドリーと再会するところから始まる。いま現在進行型で起こっているウクライナでの戦禍の報道では、徹底的に破壊し尽くされた街々の悲惨な映像が目に入らない日はなく、とても21世紀に起きている現実として受け入れられる気にはならない。深い悲しみ満ちた第三幕の前奏曲がこころに重く深く響いてくると、愚かにもまたもや人類が暗い迷妄の道に彷徨いこんでしまったことが悔やまれてくる。パルジファル自身もこのような戦禍のなかで生を受け、父のガムレットはパルジファルが生まれる前に戦死した。残された母ヘルツェライデの深い悲しみと、現在の戦禍を伝える映像がオーバーラップし、こころが痛む。

上に取り上げたDVDジャケットの写真は、2004年8月にバーデンバーデンのバーデン祝祭歌劇場で上演された、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団演奏のもの。歌手はワルトラウト・マイヤー、クリストファー・ヴェントリス、マッティ・ザルミネン、トーマス・ハンプソン、トム・フォックス他。演出ニコラウス・レーンホフ。2022年となった現在からはひと世代前となったが、当時最高の布陣による贅沢な上演と言えるだろう。ケント・ナガノはこの時がオペラとしての「パルジファル」上演はじめてとのことだが、重厚感のある素晴らしい演奏を聴かせてくれる。ベルリン・ドイツ交響楽団は、ふだんはピットではなく舞台上で演奏するシンフォニー専門のオーケストラである(ベルリンには実力あるオーケストラやオペラがいくつもあるので紛らわしいが、オペラ専門のドイチュ・オーパー・ベルリンとは異なる団体)。それだけに、慣れないピットでのオペラ演奏には指揮者への全幅の信頼なしには演奏ができないと、ボーナス映像で楽団員が語っている。上述の如くベルリンには他に、言わずと知れたベルリン・フィルハーモニーをはじめ、シュターツカペレ・ベルリン、ベルリン放送交響楽団、ドイチュ・オーパー・ベルリン、コーミッシェオーパー・ベルリン、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団など実力あるオーケストラがひしめいている。そうしたなかでは、どうしてもひとは格付け的に演奏を位置づけてしまいがちだが、なかなかどうして、この「パルジファル」では、それらに勝るとも劣らない、重厚で美しく、芯のある演奏を聴かせてくれている。DENONからリリースされていることもあって、音響・音質的にも非常に高品質なDVDであり、数ある「パルジファル」の映像作品のなかでも最良クラスの音質であることは間違いない。

ニコラウス・レーンホフの演出は、伝統的・保守的な範疇からはやや外れるが、なかなか説得力のある演出だ。特に第三幕最後の終焉部では、務めから解放されたアムフォルタスはパルジファルの手のなかで息絶え、パルジファルは聖杯の代わりとしてアムフォルタスから授かった王冠を、ティトレルの亡骸の胸に戻す。均質集団のなかでの伝統的価値観に固執するグルネマンツが聖槍を手に舞台に立ち尽くすのとは対照的に、Ahasver(アハスヴェール)たるクンドリーは新たな世界の可能性を求めて旅立ち、パルジファルがその後に続く。それに気づいた聖杯騎士たちの何人かも、それに続いて舞台を後にする。付属の日本語リーフレットで日本語字幕も担当した山崎太郎氏がその解説のなかで、ティトレルの騎士団とクリングゾルの世界は「『女性憎悪』(=ミソジニー;筆者)という否定的な要素で結ばれた互いの補完物」であるとしている。この問いは、仏教的社会にもあてはまる。「女人禁制」の根本は、女性を性欲の対象物としか捉えていないからこそ、ミソジニーに繋がる。ではそうではない「愛」とは何なのか?問い出すと、果てしがない。物語り全体を、隕石の落下による超常現象の可能性として暗示している部分もSF的で面白い。

それにしても印象的だったのは、8月のよほど暑い最中でのバーデン音楽祭でのライブ収録ということで、出演者みな汗だくの演技と歌唱。ヴェントリスなどは顔中汗まみれにも関わらず歌と演技に集中していて、流石だなあと思った。特に重装備の武具を着込んでの第三幕などは気の毒なくらいだが、その脱がした鎧兜を、こともあろうに天下のマイヤー様に舞台裏に片付けに行かせるとは、いくら演出でもそこだけは気に食わない!

手持ちの映像ではほかに、(歌手は パルジファル、クンドリー、アムフォルタス、グルネマンツ、クリングゾル、ティトレルの順)

①1981年バイロイト音楽祭(イェルサレム、ランドヴァ、ヴァイクル、ゾーティン、ローア、ザルミネン、指揮ホルスト・シュタイン、演出ヴォルフガング・ワーグナー)

②1992年メトロポリタン歌劇場(イェルサレム、マイヤー、ヴァイクル、モル、マツーラ、ロータリング、指揮ジェイムズ・レヴァイン、演出オットー・シェンク) 
※これぞ感動の名演!必見・必聴!


③1992年ベルリン国立歌劇場(エルミング、マイヤー、シュトルクマン、トムリンソン、カンネン、ヒュブナー、指揮ダニエル・バレンボイム、演出ハリー・クプファー)

④1998年バイロイト音楽祭(エルミング、ワトソン、シュトルクマン、ゾーティン、ヴラシハ、ヘッレ、指揮ジュゼッペ・シノーポリ、演出ヴォルフガング・ワーグナー)

⑤2005年バーデンバーデン音楽祭(上記記事)

⑥2011年バイロイト音楽祭(フリッツ、マクレーン、ロート、ユン、イェーザトコ、ランディス、指揮フィリップ・ジョルダン、演出ステファン・ヘアハイム、放送NHK-BS)

⑦2013年ザルツブルク復活祭音楽祭(ボータ、シュスター、コッホ(アムフォルタス/クリングゾルニ役)、ミリング、ボロヴィノフ、指揮クリスティアン・ティーレマン、演出ミヒャエル・シュルツ)

⑧2016年バイロイト音楽祭(フォークト、パンクラトヴァ、マッキニー、ツェッペンフェルト、グロチョウスキ、レーナー、ハルトムート・ヘンヒェン指揮、ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク演出)

など。

毎年3月、春の訪れを感じさせるこの時期に恒例となったびわ湖ホールプロデュースオペラのワーグナーシリーズ、今年は3月3日(木)と6日(日)に「パルジファル」(セミ・ステージ形式)が上演され、両日の公演を聴きに行った。ともに午後1時開演。恒例、とは言っても、沼尻竜典もこの2022年度でびわ湖ホール芸術監督を退任するとのことで、来年3月の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(セミ・ステージ形式)をもってこのワーグナーシリーズもいよいよ大詰めを迎える。毎年1作ずつ京都市交響楽団とともに作り上げて行った「ニーベルンクの指環」(演出:ミヒャエル・ハンペ)のチクルスも評価が高かった。いよいよ最終夜(第3日)と言う一昨年2020年の「神々の黄昏」が新型コロナの影響で直前に無観客での上演が決定され、二日とも行く気満々だった自分にとっては極めてショッキングであり残念であったが、その模様はネット上でライブ配信されることが事前に報じられるとコロナ禍でのオペラ・コンサート上演のひとつのあり方として大きな話題を呼び、以降こうしたスタイルが多くなって行った。昨2021年は、コロナ禍で制約もあるなか、セミ・ステージ形式での「ローエングリン」が上演された。奇しくも、その年の東京春音楽祭(4月)はマレク・ヤノフスキの指揮で「パルジファル」演奏会形式が予定されていたが、こちらもコロナの影響で中止となってしまった。クリスティアン・ゲアハーハーのアムフォルタスは是非聴きたいものだったが。

そして今年2022年はワーグナー最後の大作「パルジファル」。当初の配役はタイトルロールにクリスティアン・フランツ、クリングゾルにユルゲン・リンが予定されていたが、やはりコロナの影響で来日が不可能となり、結局2日ともオール日本人歌手による同一キャストに統一となった。結果的に現在日本で聴けるワーグナー歌手としては非常に高水準でのキャスティングによる上演となり、聴きごたえのある「パルジファル」となった。毎年、このシリーズには欠かさず出向いて来て頂いている東京方面からの愛好家の方々の顔もちらほらと見受けられた。

出来れば二日とも同じ席で鑑賞したかったが、やはり3日は平日の木曜日で6日が日曜日ということもあり、6日は3日の席より10席ほど後列のバルコンからの鑑賞となった。それでも音的、視界的にはいう事のない良席だった。両日とも同一キャストによる上演で、パルジファル:福井敬、グルネマンツ:斉木健詞、アムフォルタス:青山貴、ティトゥレル:妻屋秀和、クンドリー:田崎尚美、クリングゾル:友清崇、聖杯騎士:西村悟・的場正剛ほかによる歌手陣に、沼尻竜典指揮、京都市交響楽団の演奏。合唱はびわ湖ホール声楽アンサンブル(合唱指揮・プロンプター:大川修司)、舞台構成は伊香修吾。

歌手はいずれも現在ワーグナー歌手として日本最高水準の演奏であり、まことに充実した歌唱が聴けた。特筆すべきはアムフォルタス役の青山貴の歌唱で、どちらかと言えば童顔の素顔からは窺い知れない豊かな声量と芯のある歌唱は会場内を深々と包みこむに充分であった。斉木健詞のグルネマンツも説得力のある素晴らしい歌唱、それに加えて妻屋秀和という実に豪華なキャスティングによるティトゥレルが生声で聴ける(通常この役はPAを通しての加工音である場合が多い)のも贅沢。友清崇のクリングゾルも声量申し分なく、敵役としての表現力も豊かであった。田崎尚美のクンドリーも素晴らしい歌唱と表現力で、特に二日目の第二幕、パルジファルの母ヘルツェライデの苦悩を切々と歌うところでは、自分としてはこの場面では珍しく思わずウルウルとしてしまった(追記;ちょうど現在進行形で起こっているウクライナでの戦禍とオーバーラップしたのだ)。続くキリストを嘲笑する「lachte!」の難所は、二日目はちょっと声がひずんでしまったけど、まあこれがこの役の難しいところであって、そう誰にでも簡単には歌えないところではある(田崎さん、喉をお大事になさってください)。福井敬のパルジファルは非のつけどころもなく、ベテランの味わいを感じさせてくれた。あと、総勢で約45~50名ほどからなる合唱は「びわ湖ホール声楽アンサンブル」を主体に構成されているとのことで、時節柄マスクを着けての歌唱だったにも関わらず壮絶に美しく神聖で、かつスケールが大きく聴きごたえ充分だった。

今年度が芸術監督として最終シーズンとなる沼尻竜典の指揮は、身体全身で流麗に音楽を表現し、いつも通り的確・明解な音楽づくりのように思えた。そのタクトに応える京響からは、ここが西日本のいち地方都市の演奏会場かと思えてしまうほど、充実したサウンドを引き出していた。苦悩と神聖さを表す繊細で清浄、透き通るような微音から、第一幕と第三幕の場面転換の場での金管の咆哮とティンパニイの強連打の圧倒的な音圧によるダイナミックな演奏に至るまで、ワーグナーの本場ドイツでの演奏を聴き慣れた愛好家に聴かせても納得のレベルの高水準な演奏ではなかっただろうか。ただ、正直に言うと初日3日の演奏出だし2,3分ほどは少々おっかなびっくりと感じるところがないではなかったのと(そのぶん、二日目の6日の冒頭は文句なしに素晴らしい出だしだった!)、二日目6日の第3幕の中盤あたりでは、さすがに疲れが出たのか、金管の一部にやや粗さが露呈してしまう箇所があるにはあったが、それは重箱の隅のキズを殊更あげつらうような趣味の悪いことであって、全体としては素晴らしい演奏であったことに些かの違いはない。両日とも、終演後のカーテンコールでは何回も何回も出演者が呼び出され、時節柄ブラボーの声出しさえ叶わなかったものの、盛大な拍手は延々と続くように思えた。



今回も、前年に続いてセミ・ステージ形式による上演で、舞台のイメージは上記模型写真の通り。通常のピットをそのままステージレベルまで上げ、その前面の客席側に張り出すようにソリストの歌手が歌う特設の部分が設置され、主役二人は指揮者をはさんで中央で約2m程の距離を空け、他の歌手は1m程の等間隔で間を空け、目印にそれぞれの位置に椅子が置かれている。通常のステージの部分に合唱がひな壇上に配置され、その真ん中をパルジファルの「迷いの道=悟りへの道」が象徴的に斜めに横切っている。この画で見ると、その道は前方のソリストが歌う位置の部分と、間にあるオケとバックステージ部分によって分断されていることがわかり、なるほどとうなずける。道の最奥部は一段高くなっていて遠近感を出しており、その奥の白い大きなカーテン部分に聖杯のイメージなどがCG映像で映写される。聖杯のなかで血液が勢いよくたぎっているような印象だった。他にも彷徨う森の印象や聖金曜日の緑の野原の印象、コスミックなイメージや花火、大河ドラマのオープニングのバック映像のような美的なCG映像が場面にあわせて投影される。一幕冒頭と三幕終焉部でたくさんの鳩のシルエットが飛び立つのは原作に沿っているとは思うが、これってびわ湖ホールのメインスポンサーの平和堂(鳩のマークがロゴ)へのサービス?って思えるのはたまたま?

歌手の歌う位置が通常よりも大きく前方にせり出しているため、客席の通常の最前列は取り払われ、続く二列も空き席となっており、その中央に黒い板で囲った特設のプロンプターボックスが設置され、それぞれの歌手の前の席に旧式のブラウン管のTVモニターが置かれている。指揮者が映されているのか、プロンプターが映されているのか、はたまた字幕が映されているのかは、見ていないのでわからない。舞台が前方にせり出しているぶん、二階席の両サイド前方1~6番席までも空き席とされていたので、全体として会場の前方数列ぶんは客席をつぶして、その分ステージ全体が前方にオフセットしたような感じ。長年、あちこちのオペラを観てきたが、とても珍しい光景だった。
↓こんな様子(びわ湖ホール公式ツイッターより)。 


※追記:確認のため、去年の「ローエングリン」の時の写真を見返してみたら、その時も同じように前列客席中央にプロンプターボックスを設置していた。記憶だけだと、いい加減なものだ。

衣装は、花の精たちが最も華やかで、そのまま「カルメン」のハバネラが歌えそうな印象。その場面の舞台後方の合唱は、黒いドレスに頭の上に丸い花を載っけていた。クンドリーも同じように黒いドレスだが、より妖艶さを強調した印象。その他は特に印象的な衣装はなかったが、唯一クリングゾルのみ、派手な柄入りの輪袈裟を大きくしたようなものを懸けているのが印象的だった。

小道具はまったくない。聖槍も聖杯もヘルメットも甲冑もすべて「エア○○」で、パルジファル役の福井さんはすべて「その態(てい)で」、クンドリーの田崎さんも泉から水を汲む「態」、香油を塗る「態」で、すべて両手でその仕草を表現するのみ。大変簡潔で良い。ある意味、潔すぎる(笑)。そのぶんチケットも買いやすくてお得だ。あとは、日本語字幕(岩下久美子)が平易な文体で大変わかりやすかった。原詩の難解な文体を限られた字数の平易な字幕に翻訳するのはセンスが必要で、なかなか難しいことだろう。パンフレットの解説も詳しい内容で、教えられる点が多々あった。

考えてみれば、こうしたセミ・ステージ形式は音楽そのものをじっくりと聴くのには、より向いていると言えるかもしれない。雑念に邪魔されないし、装置にコストがかかるのを最小に抑えられるぶん、チケット価格にも反映されるのでローコストでいい。いまのコロナ禍を乗り切るにはじゅうぶんなスタイルかもしれないが、いずれはそれではもの足りなくなるのかもしれないし、それはオペラ文化の否定にもつながるかもしれない。とは言え、ワーグナーの大作のなかでも格段に味わい深い「パルジファル」の上質な演奏を、こうして身近なホールで気軽な価格で二回も楽しめるというのは、そうは度々はないことであって、実にありがたいことである。

来年は2023年3月2日(木)と5日(日)に「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(セミ・ステージ形式演出粟國淳、指揮沼尻竜典、京都市交響楽団演奏)で大団円を迎える。





さてこの先ロシアの人々はどう動くのだろうか....
ロシアがウクライナに侵攻して以降、NATO自身によるウクライナへの派兵はできないが、EUや国連をはじめとする国際社会は猛烈にロシア非難、ウクライナ擁護へとまとまりつつあるように見える。そのことが奏功しているのかどうか、ロシア軍による首都キエフへの侵攻は当初予想されていたよりも時間を要しているように思われる。さすがのプーチンも二の足を踏んでいるのか、それともプーチン自身はその気でも現場指揮官クラスの将官が戦況を見極めるのに慎重になっているのか、兵力では圧倒的に不利なはずのゼレンスキー側が案外持ちこたえているように報道されている。

ロシア国内でも戦争反対のデモが各地で発生しており、1,000人を超える拘束者が出ていることを西側のメディアが現地で取材・報道しており、プーチン側も現段階ではそうした西側のメディア取材・報道は当初から織り込み済みであるとも伝えられている。アメリカ側、NATO側がいかに口を揃えて非難の声をあげようが、軍事的には手も足も出ないことが当初からわかっているので、プーチン側に余裕があることの現れだとも報じられている。

世界各地でもロシアのウクライナ侵攻を非難するデモがあちこちの都市で行われており、プーチンがウクライナへの侵攻をTV演説で発表した今月24日からまる三日経った本日27日現在のところ、ゼレンスキー大統領は自撮り動画で健在ぶりをアピールし、各メディアは彼と首都キエフが持ちこたえていることを報じている。両国によるフェイク情報発信などの情報戦も熾烈を極めているらしく、実際の戦況の本当のところはなかなか見極めづらい状況が続いている。

そんななか、今日27日になって共同はカザフスタンがロシアからの派兵要求を突っぱねたという一報を報じている。カザフスタンのある中央アジア諸国とは話題は異なるが、ロシアを取り巻く旧ソ連に属していた地域、とりわけ黒海の東側からカスピ海の西側を回廊で結ぶ北カフカス地方は民族構成も複雑で、ロシアと必ずしも一枚岩ではないことが予想される。ジョージアやチェチェン共和国をはじめ、北オセチア・アラニア共和国やガバルダ・バルカル共和国、ダゲスタン共和国、アゼルバイジャン、アルメニアなど旧ソ連邦を構成していて現在もロシアとの関係が深い地域も多い。なかでもジョージアは2008年に内戦を機にロシアが侵攻したことは記憶に新しいし、1990年代を通してロシアとの紛争が続いたチェチェンも世界にその名を知らしめた。当初はロシアからの独立派が優勢だったが、結局2000年頃までにはプーチンによって鎮圧されたかに思えたが、その後もモスクワの劇場占拠事件や地下鉄爆破事件などで多数の犠牲者を出すなど、紛争はゲリラ化していった。現在ではプーチンの強い軍事力のもと、一応独立派の勢力は抑えられていると思われている。逆に、テロや紛争を通じて蛮勇を喧伝されたチェチェン兵力を、プーチンは「踏み絵」的に今回のウクライナ侵攻に投入するのではないかと懸念していたところ、ロイターはチェチェン兵をウクライナに派兵との出産祝いや1歳のお誕生日のプレゼントに!指先を使う遊びがたくさん詰まった森の遊び箱。 Ed.inter エドインター 森のあそび箱 名入れセットを報じており、逆にちょっとよく知らないサイトだけれどもこのサイトでは、ステレオタイプの残虐なイメージのチェチェン兵投入という情報はウクライナをビビらせるためのプーチン側のプロパガンダだと報じている。これらは全くの虚報かどうかはわからないが、こうした真偽不明の未確認情報が交錯しているのも、情報戦、神経戦の常套手段のように見える。

いずれにしても、上記共同の記事のように、プーチンはロシア正規兵だけではなく周辺国の忠誠心を試す意味でもそれらにウクライナへの出兵を指示していることは想像できる。そうした周辺国が世界的な反戦機運の拡大を受けて出兵を躊躇っているとすれば、思いのほか首都キエフの陥落に時間を要していることがうなずけるのではないだろうか。

ロシアの戦車が投入可能なのは、広大な大地が凍結している冬の期間だけだとの報道もある。この侵攻が春先頃まで長引けば、凍っていた大地がぬかるんでしまって戦車が使い物にならなくなると聞いた(どこのニュースかは忘れたが、なるほどと思った)。ナポレオンやナチス・ドイツ軍の逆のパターンとなるだろうか。
「巨匠神話」の著作などクラシック音楽関連の批評家として広く知られるノーマン・レブレヒトは、「Slipped Disc("ぎっくり腰"の意味とレコードの "Disc" の洒落)」という自身運営のサイトで頻繁に数多くの話題を更新していて、クラシックファンなら目にした方もおられるだろう。ネタの新鮮さと話題の豊富さではさすがに本職の批評家のサイトだと感心するが、自身のコメントがやや「やじ馬」的で煽情的過ぎると思えることと、速報性はあるものの記事の内容が見出し程度であまり詳細でないこと、出典の根拠を明示していないことが多い、などの理由でやや割り引いて読む必要があると思っているが、そこはやはり年季の入った批評家でもあるので、そう出鱈目な記事も少なく一定の信頼性はありそうだ。

そのサイトでさっそくニューヨークはカーネギーホールでのウィーンフィルのコンサートの指揮者がロシア人のワレリー・ゲルギエフからカナダ人のヤニック・ネゼ=セガンに変更になり、やはりロシア人のピアニストのデニス・マツーエフの出演も取りやめになったことが紹介されているxebec 安全靴 プロスニーカー (面ファスナータイプ) 30.0cm ホワイト 85411-32-300。カーネギーホールとウィーンフィル共同による発表とのこと。はっきりとした理由は明らかにされていないとのことだが、ゲルギエフとマツーエフの両者ともプーチン大統領との距離が近すぎることは従来からよく知られていて、ここでは両者ともプーチンの  "outright propagandists" とまで言い捨てており、こういう過激な物言いがやや客観性を欠くと感じてしまうところだ。いずれにせよプーチンとの近さは有名な話しではあるので、ちょうどロシアのウクライナ侵攻という衝撃的な話題と時期がぴたりと重なってしまったこともあり、そういう政治的な理由で出演者の国籍を理由に出演を見合わせさせると言うのが妥当かどうかはさておき、今回の指揮者交代ということにはなっているようだ。
(※追記:ソリストは急遽ベルリンからチョ・ソンジンが代役に駆け付けることが決まったとのこと。)

驚いたのは、この一報を早々に(9:29配信)ネットニュースサイトで取り上げていたのがスポーツ紙「スポニチ」の記事だったことで、朝日のサイトでは正午近い11:54の配信、共同に至っては15:55の配信となっていることだった。

レブレヒトによるとスカラ座は即刻にゲルギエフがロシアのウクライナ侵攻に対する反対の声明を出さなければ今後の出演はないとまで言っているのに対して(これ)、ウィーンフィルは「芸術(Culture)が政治的論争の玩具になってはならない」という姿勢を(その時点では)堅持しており、それ以上のコメントを避けているようだ(これ)。実際、ウィーンフィルの公式サイトを覗いても特段のコメントもなく、米NYでのコンサートの指揮者がネゼ=セガンに変更されているのみ。続く3月1日、2日の同国Naples(伊ナポリではなくフロリダの都市か)でのコンサートは今日夕方頃に見た時にはゲルギエフのままだったが、21時現在再確認してみると指揮者未定に変わっている。これによると、ミュンヘンでの地位も危なさそうだ。平時は権勢のある政治家との距離が近ければ、なにかとおいしいエサにありつけるメリットが多いのはいつの時代でも同じだが、一朝何か事あればリスクも大きいことを証明しているようだ。コロナで国内最悪の死者数を出しているのに悪びれもせずにいきがったことばかり言い続けているどこかの国の某地方とそこのTV各局だの某芸能事務所だのも、気をつけておいたほうがよさそうだ。腐りきった電波をまき散らされている某広域エリアの人間としては虫唾が走るのが正直なところだろう。

音楽面での影響はさておき、ウクライナのゼレンスキー大統領は国民総動員令に署名したことが24日午前から日本では報道されており(TV朝日はこれ)、「ウクライナでの報道によると」というやや曖昧な聞き伝えとして、「18歳から60歳の男性市民に対してウクライナからの出国を全面的に禁止し、政令の発効から90日以内に動員を実施するということです」と報じている。21時現在でも削除はされていないので、誤報ではなさそうだが、これが事実であれば「逃げるな。死のうとも、男性市民は戦え。」と言うことになってくるのだろうか。大統領周辺の意気込みが伝わってくるのはわかるが、強大なロシア軍相手に軍人以外の市民まで銃一丁と火炎瓶のみで戦え、それって竹槍一本で「一億玉砕」とか言ってたどっかの国と変わらないような気もしてくるのだが。全軍人と予備役の軍人まで召集する意味での「総動員令」を恣意的に誤報しているんではないのか?これが誤報でないのなら、あんまりウクライナに同情的な報道ばかり見ているのも、やや複雑な思いになる。


ロシアがウクライナ東部二州の独立を承認した事を契機として、ロシアによるウクライナへの実質的な侵攻が開始された。2022年2月24日、プーチン大統領はウクライナへの「特殊軍事作戦」を開始したと発表した(時事)。首都のキエフの北側はベラルーシと比較的近く、同国のルカシェンコ大統領は現時点では侵攻への直接的な関与を否定しているようだが、ロシアがベラルーシを経由してキエフへ攻め込むことは予想されてもおかしくはないだろう。南からはすでに黒海沿岸部のオデッサなど複数の都市にロシア軍が上陸したと読売は報じている。そうなると、北・東・南の三方向からのロシアによる大規模な侵攻ということになり、ウクライナに親露派政権が強硬に樹立されるのも時間の問題のように思われる。

案の定、この段になってNATOはウクライナに部隊を派遣しないことを早々に発表した(共同)。アメリカとEUはロシアを相手に直接的な軍事的対立を望むはずもなく、可哀そうなのはウクライナであって、誰にどう唆されたのか、なまじっかEUに色気を出したがために(2014年)、逆にロシアの強い反発を招いて今回の侵攻を招いてしまった。このままでは最悪の場合、ロシア、ウクライナともに多数の犠牲者を生じさせる事態にもなりかねない。そうなると、ウクライナからの難民問題がヨーロッパ諸国の新たな課題ともなりかねない。

ロシアに対して核戦争の危機にもつながるような直接的な軍事的行動が取れない以上、アメリカとEUは外交的手段と経済制裁で臨む他に手だてはなく、国連の面目もまるつぶれとなった。ロシアへの経済制裁となれば最悪の場合、銀行間決済(SWIFT、国際銀行間通信協会)の停止ということも有りうるということで、そうなるとあらゆる局面での一般的な取り引きにも大きく影響が出て来ることが予想される。実際、バイロイトの友の会(Gesellschaft der Freunde von Bayreuth e.V.)の会費などはいまだにクレジット決済も不可で、毎年、高い銀行手数料を払ってSWIFTによる銀行振り込みで送金している。なので、数多くいるであろうロシアの会員などからは送金できなくなるだろうし、どだいそうなってしまうと、企業間の信用状取引きや個人消費者のクレジット決済を含めて大小のあらゆる商取引が不能になってしまうということだ。コロナ禍で大きな打撃を受けている経済に、新たな大問題が発生してしまうことになりかねない。多数存在するロシアの芸術家との契約も頭の痛い問題になるかも知れない。なによりも、大規模な破壊行為となる戦争となれば、その被害と損失は計り知れない。

もはやこのような事態となってしまった以上、人的・文明的・経済的な損失を最小限に抑えて行く現実的な妥協点を見出して行く叡智と努力を、当事国同士には求めたいものだ。決して対岸の火事ではありえない。
年も明けて2022年1月9日(日)放送のNHK「クラシック音楽館」で、昨2021年11月13日に東京芸術劇場で収録されたNHK交響楽団第1942回定期公演の模様を鑑賞した。指揮はびわ湖ホール芸術監督でもある沼尻竜典で、演目はウェーバー「魔弾の射手」序曲とリストのピアノ協奏曲2番(ピアノ:アレッサンドロ・タヴェルナ)、フランツ・シュミットの交響曲第2番。本来は来シーズンからN響主席指揮者に就任予定のファビオ・ルイージが指揮を務める予定だったが新型コロナの影響で指揮台に立てず、9月にモーツァルトのクラリネット協奏曲(ソロ:伊藤圭)とマーラー1番でN響定期に初登場したばかりの沼尻がプログラムを変えずに急きょ代役で指揮を務めた。ただしルイージは同じ11月に行われた次の第1943回と第1944回の定期公演は指揮しているので、まったく来日ができなかったわけではないようだ。第1943回の模様(ブルックナー第4番)は来週1月16日の「音楽館」で放送される予定。

「魔弾の射手」序曲では、冒頭の4本のホルンのソロ部分で一部音が乱れて一瞬ヒヤリとした場面があったが、それ以外は概ね良好な演奏で、神秘的で深い森を思わせる不気味な中盤部分からダイナミックな後半部分にかけては沼尻の指揮とオケの演奏もピタリと息が合っているようで、いつもにも増して躍動的な沼尻の指揮ぶりが印象に残った。

リストのピアノ協奏曲は第1番のCDは持っていたはずだけど(それでも聴いたのはもう十年以上前だろう)、第2番ははじめて聴く。アレッサンドロ・タヴェルナはイタリア出身のピアニストで、リストを思わせる容貌の良さに、繊細なタッチとダイナミックでスケールの大きい演奏が聴けた。チェロとのソロの繊細なやりとりや、弦の中域の躍動的な演奏とのやり取りも印象的だった。この放送は、オンタイムでの放送と録画をしてからのものを両方観たのだが、個人的に失敗したのは録画の画質(イコール、音質にも関わる)レベルを落として予約してしまっていたこと。オンタイムで放送された時に聴いたスタインウェイの高域の軽くキンと響く繊細さや、低域の迫力あるピュアな響きが、やはりレベルを落とした録画ではかなり犠牲になって質感が失われている。もちろん、画質を落とさずにブルーレイのダイレクト画質で録画すればオンタイム放送時と同等のクオリティで視聴できるのだが、すべてをそれで録画すると内部ドライブの容量を使用してしまって空きスペースが小さくなるし、ディスクに落とす時も容量が大きくなるので、ダイレクト画質で録画するのはバイロイトやザルツブルク、ウィーンフィルなどごく限られた場合であり、普段の音楽番組は3倍録画か5倍録画で、内容がわかればよいドラマやドキュメンタリーは大体5倍録画で録っている。今回の放送も5倍で予約録画してしまっており、せめて3倍で録画しておけば良かったと後悔している。

後半のフランツ・シュミットは1874年オーストリア生まれの作曲家で、ウィーンフィルのチェロ奏者としてマーラー指揮下のウィーンフィルで演奏をしていたという事。1939年に64歳で亡くなっているとのことだから、リヒャルト・シュトラウスの10歳年下で、R・シュトラウスより10年早く世を去っている。やはり20世紀前半の第一次大戦前後に活躍した作曲家と言うと、どうしてもR・シュトラウスが基準になってしまう。今回はじめて聴いた交響曲第2番も、ホルン8本と大編成によるオケ構成で、曲調の一部にもどことなくR・シュトラウスと同時代の影響下にあることを感じてしまう。かと思うと、典雅で耳ざわりの良さを感じる部分もあったり、ダンス音楽のように聞こえる部分もあったりで、ちょっとごった煮のような印象もあり、全体としてはこの曲をもう一度どうしても聴きたくなるかと問われれば、微妙だなと言うのが正直な感想だった。いずれにしても、このような演奏頻度が少ないうえに大編成の曲を急遽ルイージの代役で任されて難なく務めあげた沼尻が、新たな高みへの地歩を築いたように感じられた。

ところで、コロナ以後のオーケストラの演奏風景をTVで見ていて思うのだが、管楽器奏者の足もとの水滴凝固用のシートのあの鮮やかな水色だけは、なんとかならないものだろうか。あのシートは色と言い、大きさと言い、以前うちで飼っていた小型室内犬用のトイレシートとまったく同じものだ。管楽器というのは、楽器内部に息の水滴が溜まるから、それを排出しなければいけない。いままで、コロナ禍以前の時代は舞台の床にそのまま落としていて当たり前だったものが、コロナ禍以降はペット用トイレを足もとに敷くことが管楽器奏者のエチケットとして定着しつつあるように思える。特にN響の場合は、本拠地のNHKホールが改修工事中で、部外の演奏会場を借りての公演であるので、余計に気を使う必要があるのも理解はできる。コロナ感染防止対策として、ホールの床に直接ではなく水滴凝固シートに自分の息から出た水分を排出するという機能性ももっともなことだと思う。しかし、あの鮮やかな水色は舞台の木目の色とまったく調和していないし、目立ちすぎる。画面に映る度にペットのトイレのことを思い出す。だからあの色だけを、床の木の色調に合わせた穏やかな色に調整できないか、オーケストラ協会の団体とかしかるべき窓口からメーカーへ交渉すべきではないだろうか。プロアマ問わず全国のオケの管楽器奏者のまとまった数が見込めるのであれば、交渉の見込みはあるのではないかと思うのだが、どうだろうか。だって、ウィーン・フィルとかベルリン・フィルで同じような光景を見たら、結構ガックリくると思うよ!美学的にね。


※追記:ググってみたら「ステージシート」なる商品があるようだが、おしい!「ステージでも目立たない灰色」とある。いちおう、色の心配はしているようだが、灰色でも十分目立つよ!どうせならステージと同系のベージュ的な色にはできなかったのか?原料的・技術的に灰色が限界なのか?↓

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年末になってようやく録りためたNHKの番組をゆっくりと観れるようになって、ブロムシュテットとN響のコンサート(ステンハンマル、ベートーヴェン5番)だとかハンブルク歌劇場のケント・ナガノ指揮「ホフマン物語」、ファビオ・ルイージのフィルハーモニア・チューリッヒ退任記念演奏会(ブルックナー7番)などを鑑賞した。例年なら今頃はステレオ部屋でベートーヴェン三昧をしているところだが、昨日日中にBSプレミアムでいちおう予約録画していた大滝詠一特番の再々放送(「わが心の大滝詠一」)を観て、ミュージシャンの豪華さに舌を巻いた。もともとは今年の4月に「ロン・バケ」発売40周年を記念して放送されていて、8月に再放送もされていたようなのだが、大滝詠一と「ロン・バケ」にはさほど関心がないので、いずれも見逃していて、今回の再々放送も、「まぁ、時間があれば」程度の軽い気持ちで予約録画しておいたのだが、演奏を担うミュージシャンがいずれも大滝ゆかりで日本のミュージックシーンを牽引して来たつわもの揃いなのには、さすがに豪華さを感じずにはいられなかった。メインで歌を歌うのは、想像通り薬師丸ひろ子だの小林旭だの小泉今日子だの鈴木雅之だのといった大看板のスタア歌手でおなかっぱいといったところだが、井上鑑(p,編曲)を中心としてギターの鈴木透やドラムの上原裕、中西康晴のオルガン、長岡道夫と高水健司のベースに浜口茂外也らのパーカッションに加え、シュガーベイブゆかりの村松邦男(ギター)まで顔を揃えていたのには驚いた。皆もうとうに還暦もすぎた、というより古希近くのいいおじさんばかりである。

いまも言ったように、大滝詠一本人と、そのわかりやすく万人受けする軽い曲調(A LONG VACATION は300万枚売れたらしい)にはむかしからさほど興味はなかったが、なにしろ山下達郎とシュガーベイブを見出した大恩人である。シュガー・ベイブ唯一のアルバム「SONGS」が大滝のナイアガラ・レーベルから発売されたのが1975年の4月。発売時のセールスはずっこけだったにしても、その後5年、10年、20年、40年と時が経つに連れてもまったく色あせることのない記念碑的な名盤となったことは歴史が証明している。一時的なファッド(fad)でヒットを飛ばしてすぐに忘れ去られてしまう軽音楽や流行歌とは一線を画している。山下達郎はその後80年代になってからの爆発的な人気で日本の音楽界の巨人となったが、もとはこのインディーズ・バンドでおたくっぽい活動を地味に行っていたのが、活動のはじめだった。私自身の好みで言うと、80年代以降の売れ線路線に転換して以降の山下はもうすっかり別人となった気がして関心がなくなったぶん、70年代から80年までの彼の音楽の熱狂的なファンである。はじめて彼の音楽に触れたのは、高校生の頃、京都のデパートの売り場の一画で「潮騒」と「Bomber」が流れているのに関心を持ってから。きっとそのお店のスタッフの好みでBGMに流していたんだろうと思う。すぐにレコード店に直行してアルバム「GO AHEAD!」(1978)を購入し、続けざまにデビューアルバムの「CIRCUS TOWN」(1976)、「SPACY」(1977)と入手し、過去2,3年のを時を取り戻すように熱心に聴いた。悲しいのは田舎の高校生のこと、級友に「達郎の曲でさぁ、」とか話しをしてもポカンとされるだけで、だれも話しがわからないのだ。ちょっと音楽が好きな友人で、ビートルズやユーミンとかハイ・ファイ・セットだとか知ってたらもう、合格点という程度だった。そう言えば、イエスだとかピンク・フロイドとか「プログレ」も通じなかった。ほとんどは運動部系で汗を流している、まじめな学生ばかりだった(笑)。

で、上の番組で村松邦男なんていうなつかしい人がメンバーで演奏しているのを見てネットで検索していると、Youtube動画で1974年7月の「三ツ矢フォークメイツ・フェスティヴァル」というイベントでのシュガー・ベイブの演奏音源を公開しているものを見つけた。山下達郎が三ツ矢サイダーのCMで歌っていたから、スポンサーとなっていたのだろうか。古い録音ではあるがそう悪い音ではなく、27分ほどの演奏が聴ける。正式にリリースされたものではないだろうし著作権の関係などはよくわからないが、2014年に公開されていてもう7年になるようだ。ファンにとっては貴重な演奏の記録であることに違いはない。そのなかから、曲ごとに区切った動画もあるようなので、懐かしい「今日はなんだか」を日記的に貼っておこう。演奏は荒削りで走り気味、素人っぽいところもあるが、それが逆に若々しいフレッシュなエネルギーを感じさせる。ビートとノリだけの曲とはひと味違って、ポップなメロディラインと瑞々しい詩はいま聴いても新鮮さを失っていない。



↓1974年三ツ矢フォークメイツ・フェスティヴァル27分Version



↓文春オンラインの今年4月の記事(ライターは真保みゆき)。3月に亡くなった村上ポンタ秀一との関係だけでなく、山下の初期の頃からの活動も本人自身の口からかなり詳細に語っており、知るものが読めばなかなか感涙もののインタビューだ。


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